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大阪地方裁判所 平成5年(レ)140号 判決

控訴人

小野寺喜男

右訴訟代理人弁護士

尾川雅清

植田勝博

被控訴人

株式会社キャスコ

右代表者代表取締役

浜田淑正

右訴訟代理人弁護士

野村清美

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人は、控訴人に対して二〇万〇四四五円及びこれに対する本判決言渡しの日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文と同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

〔平成四年(レ)第四五号事件(以下「甲事件」という。)について〕

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は、平成三年五月二五日、控訴人との間に左記のとおりの内容の極度額契約(以下「本件極度額契約」という。)を締結した。

(一) 極度額 二〇万円

(二) 控訴人は、被控訴人が承認した右極度額内であれば、何回でも反復継続して金員の貸付けを受けることができる。

(三) 返済方法 毎月二九日限り、一万二〇〇〇円以上を完済まで支払う。

(四) 利息 年39.785パーセント

(五) 遅延損害金  年39.785パーセント

(六) 毎月の支払金は、まず利息に充当し、残余を元金に充当する。

(七) 毎月の支払約定に基づく返済を一回でも怠ったら、期限の利益を失い、直ちに債務全額と遅延損害金を支払う。

2  被控訴人は、本件極度額契約に基づき、控訴人に対し、同日一〇万円、同年六月一一日に一〇万円、同年八月二三日に一万八〇〇〇円をそれぞれ貸し渡した。

3  控訴人は、前記約定に基づく同年一〇月二九日分の返済を怠ったので、同日の経過をもって期限の利益を喪失した。

4  控訴人は、別表の利息制限法換算表記載のとおり支払った。これを利息制限法所定の制限利率に従って、利息、損害金、元金に順次弁済充当すると、同表記載のとおり同年一二月三〇日現在の残元金は、一五万八〇九五円となる(右貸金残金を「本件貸金」という。)。

5  よって、被控訴人は控訴人に対し、一五万八〇九五円及びこれに対する平成三年一二月三一日から支払済みまで年三割六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否

1  請求原因1の事実のうち(一)ないし(四)及び(六)の事実は認めるが、その余は否認する。

仮に、期限の利益喪失の合意がなされたとしても、右合意は、借主が返済を一回でも怠った場合は当然に期限の利益を喪失するという貸主に一方的に有利な不公正な内容であるから、信義則により無効である。

2  同2の事実のうち、平成三年五月二五日に控訴人が被控訴人から一〇万円を借り受けた事実は認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実のうち、控訴人が平成三年一〇月二九日に同日支払分の返済をしなかったことは認める。しかし、控訴人は、翌日の三〇日には一万二〇〇〇円を支払っており、また、同年一一月二九日、同年一二月三〇日にも各一万二〇〇〇円を支払っている。即ち、控訴人は平成三年末まで、履行期日を各一日遅滞しているのみである。単なる遅滞は、「一回でも怠ったとき」には該当しないと解すべきであるから、控訴人は、平成三年末までは期限の利益を喪失していない。

4  同4の事実のうち、前段は認めるが、後段は争う。

三  抗弁(破産による免責)

1  控訴人は、平成四年三月一三日奈良地方裁判所葛城支部に自己破産の申立をし、同年七月一六日同裁判所支部で破産宣告と同時に破産廃止決定を受け(右決定は、その後、後述する被控訴人の執行が開始する以前に確定した。)、同年七月末に免責の申立をし、同裁判所において平成五年一月二八日に免責決定を受け、右決定は同年三月二四日に確定した。

2  そのため、本件貸金債務は免責された。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実については、認めるが、2については争う。

[平成五年(レ)第一四〇号事件(以下「乙事件」という。)について]

一  請求原因

1  被控訴人の執行

被控訴人は、仮執行の宣言の付された原判決の執行力ある正本に基づいて控訴人が有限会社高田交通に対して有する給料債権を差押え、右債権執行により、左記のとおり平成五年二月末日までに合計二〇万二四四五円の金員を取得した。

(一) 平成四年一〇月一九日

三万六四二五円

(二) 同年一一月二五日

三万五七九九円

(三) 同年一二月二二日

四万六六四〇円

(四) 同五年一月一〇日

三万六三三四円

(五) 同年二月九日

三万六八四三円

(六) 同年二月末日

一万〇四〇四円

2  控訴人の破産による免責及び本案判決の変更

控訴人については、抗弁1記載の経過により平成五年三月二四日、破産による免責決定が確定した。

そのため、本件貸金債務は免責されたので本案判決は変更されることになる。

3  よって、控訴人は、民事訴訟法一九八条二項に基づき仮執行宣言に基づき控訴人が給付した1項記載の金員のうち二〇万〇四四五円及びこれに対する本判決言渡の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否

1  請求原因1(被控訴人の執行)の事実は認める。

2  同2(控訴人に破産による免責及び本案判決の変更)の事実のうち、前段の事実は認めるが、その余は争う。

三  被控訴人の主張

最高裁平成二年三月二〇日第三小法廷判決(民集四四巻二号四一六頁)は、免責手続中の破産債権に基づく個別執行を認め、かつ、免責決定の遡及効を否定して、免責決定確定までになされた強制執行による弁済は不当利得にならない旨判示した。

右判決からすると、本件の仮執行宣言付原判決に基づく強制執行は、控訴人の破産宣告及び破産廃止決定の確定の後になされた適法な強制執行であり、かつ、仮執行宣言付原判決に基づく強制執行による弁済がなされた後に破産者を免責する旨の決定が確定したとしても、免責によって、右強制執行による弁済が法律上の原因を失うことはないことになる。

よって、本件では、被控訴人は仮執行宣言に基づいて受けた給付を返還する義務はない。

四  控訴人の反論

1  仮執行宣言は、判決が確定しない間にその満足を許すものである。もし、予想に反して判決が確定に至らず取り消された場合は、当然執行を受けなかった状態に回復させる責任が生ずる(民事訴訟法一九八条)。このように仮執行宣言は、判決が確定しない状況において仮に執行を許すものであり、執行が最終的に有効であるためには判決が確定しなければならないのであって、本案判決が変更された場合はその限度において執行は必然的に無効となり、これにつき例外はない。

破産による免責がなされた破産債権に基づく訴えは、訴権を欠いて却下されるか棄却される。一審判決が認容判決であったとしても、上訴手続中に破産による免責がなされれば、過去の判決未確定の一時点の権利の有効性を確認する判決制度は存在しない以上、上訴審は一審判決を取り消すほかはない。

その場合、一審判決の仮執行宣言に基づきなされた執行は、判決が確定に至らず取り消されたことによりその根拠を失って無効になるのであり、原判決が取り消されたのに仮執行宣言が有効として残るということは法律上ありえない。

2  最高裁平成二年三月二〇日判決は、確定判決に基づく強制執行の場合の判決であり、本件のような仮執行宣言付判決に基づく強制執行の場合には事案を異にするものであるから、右判決を根拠にする被控訴人の主張は理由がない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一甲事件(被控訴人の請求)について

一請求原因について

1  請求原因1の事実のうち(一)ないし(四)及び(六)の事実は、当事者間には争いがない。

同(五)(遅延損害金の特約)については、成立に争いのない〈書証番号略〉の表面により認めることができる。

同(七)(期限の利益喪失の合意)については、成立に争いのない〈書証番号略〉の表面、証人前泉ちづるの証言及び〈書証番号略〉によると、控訴人と被控訴人との間で、本件極度額契約における返済日を、毎月控訴人の給料日の翌日である二九日とし、その期日の返済を一回でも怠ったときは期限の利益を当然に失うことを約したことが認められ、控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他にこれに反する証拠はない。

右認定事実を前提とすると、右期限の利益喪失の合意が、貸主に一方的に有利な不公正な内容であり信義則により無効であるとはいえない。

2  請求原因2の事実のうち、平成三年五月二五日に控訴人が被控訴人から一〇万円を借り受けた事実については、当事者間に争いがない。そこで、その余の事実についてみるに、前出の〈書証番号略〉、証人前泉ちづるの証言及び〈書証番号略〉並びに控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人が控訴人に対し平成三年六月一一日に一〇万円、同年八月二三日に一万八〇〇〇円をそれぞれ貸し渡したことが認められる。

3  請求原因3の事実のうち、控訴人が平成三年一〇月二九日に同日支払分の返済をしなかったことについては、当事者間に争いがない。

履行期日を一日遅滞した場合でも「返済を一回でも怠ったとき」には該当するものと解されるので、被控訴人は平成三年一〇月二九日の経過をもって期限の利益を喪失したものといえる。

4  請求原因4の事実のうち、控訴人が、別表の利息制限法換算表記載のとおり支払ったことについては、当事者間に争いがない。

そこで、これを利息制限法所定の制限利率に従って、利息、損害金、元金に順次弁済充当すると、同表記載のとおり平成三年一〇月三〇日現在の残元金は、一五万八〇九五円となる。

よって、請求原因事実については全て認められる。

二抗弁(控訴人の破産による免責)について

控訴人が、平成四年三月一三日奈良地方裁判所葛城支部に自己破産の申立をし、同年七月一六日同裁判所支部で破産宣告と同時に破産廃止決定を受け(右決定は、その後、後述する被控訴人の執行開始以前に確定した。)、同年七月末に免責の申立をし、同裁判所において平成五年一月二八日に免責決定を受け、右決定が同年三月二四日に確定した事実については当事者間に争いがない。

よって、本件貸金債務は、破産法三六六条の一二柱書本文により免責されることになる。

三以上によると、被控訴人の請求は理由がないことになるからこれを棄却し、右と結論を異にする原判決を取り消すことになる。

第二乙事件(控訴人の民事訴訟法一九八条二項に基づく申立)について

一請求原因1(被控訴人の執行)の事実は当事者間に争いがなく、同2(控訴人の破産による免責及び本案判決の変更)の事実及び主張が認められることは、第一の二、三に説示したところから明らかである。

とすると、民事訴訟法一九八条一項により、原判決の仮執行宣言は、本案判決を変更する本判決の言渡により当然その効力を失うことになり、同条二項により、被控訴人は、仮執行の宣言に基づき控訴人が被控訴人に対して給付した二〇万二四四五円の金員のうち控訴人が申し立てた二〇万〇四四五円及びこれに対する本判決言渡の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による法定利息の返還義務があるというべきである。

二ところで、最高裁平成二年三月二〇日第三小法廷判決(民集四四巻二号四一六頁)は、「破産宣告と同時に破産廃止決定がされ、右決定が確定した場合には、破産債権に基づいて適法に強制執行をすることができ、右強制執行における配当等の実施により破産債権に対する弁済がされた後に破産者を免責する旨の決定が確定したとしても、右強制執行による弁済が法律上の原因を欠くに至るものではないと解するのが相当である。」と判示するが、右最高裁判決の事案は、確定判決に基づく強制執行に関する事案であり、本件は仮執行宣言の付された判決に基づく強制執行に関する事案であるところ、そもそも、仮執行宣言に付された判決に基づく強制執行の効果は本案判決が変更されることを解除条件として発生するもので、いわば解除条件付弁済の効果しか有しないのであり、したがって、本件では、本案判決が取り消され解除条件が成就することによって、弁済の効果が遡及的に消滅することになるのであるから、免責決定自体の効果が遡及しなくても、右強制執行による給付が法律上の原因を欠くに至るというべきである。

また、本案判決の変更の理由いかんによっては、本案判決が変更されても原判決の仮執行宣言の効力が残ることを認める趣旨の規定も、本案判決の変更により仮執行宣言の効力が失われて被告の申立てがあるにもかかわらず、裁判所が仮執行宣言に基づき給付されたものの返還を命じないことを許容する趣旨の規定もないから、本件のように仮執行宣言が付された原判決に基づく強制執行以降の破産による免責決定の確定が本案判決の変更の理由であるからといって、原判決の仮執行宣言の効力が残ったり、裁判所が仮執行宣言に基づき給付されたものの返還を命じないことを許容することはできないと解される。

三よって、控訴人の民事訴訟法一九八条二項に基づく申立は理由あるものとして認容する。

第三結論

以上のとおりであるから、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官山垣清正 裁判官明石万起子)

別紙〈省略〉

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